人を一撃で倒せるのは、ストレートではなく実はフックなのだという。
随分前に読んだ極真系空手の本に書いてあった。
学生時代に、せめて逃げ方だけでも学んでおこうと、入門したことがある。
とてもセンスのある、たしか泉原という黒帯先輩と組み手になった。
引き締まって背が高く、手足も長い。
そしてその動きはブルース・リーのようだった。
始めっからオチョクルつもりで、その辺にいるネコとじゃれているかのように、
オラオラ、どーした、その程度か?わぁ!などと言いながら、
ジャブのような突きを繰り出していたのだが、
やがてそれに飽きると少しだけ本気を出して、
フックのように動いてくる空手チョップやら、
回し蹴りやらが飛んできて、よけるどころか、
まずその動きがまったく見えないという事実に愕然とした。
しかも痛いんだ、これが。
目の悪い奴に、接近戦である武道は無理だと悟った。
まずは走って逃げる。
次にオイラは肩が強いので、
拾った石ころでも振り向きざまに投げつけてやるのが賢明なのだろう、銭形平次。
走ってくる相手に当たれば、カウンターとなって威力倍増だ。
オイラの仲のよかった同級生Xが若い頃、仲間とたむろしているとき、
新宿でヤクザに絡まれた。
その当時、不幸なことに新宿鮫はまだデビューしていない。
彼はまず、仲間を見捨て、ひとりダッシュして逃げた。
そして、最初の角を右に回って、なおも走り続けた。
その後、同じように角を3回右に回ったYは、
背中を向けているヤクザに向かって、途中で手にしたビール瓶を頭めがけて振り降ろした。
思いっきり渾身の力で。なかなか見事な戦法だ。
実はこのX、親子代々柔道の達人なのだが。
複数の暴走族相手に、横浜新道で大乱闘を起こしたこともある。
投げ技を連発したようだ。畳なんかないところで。
そんな男でも、相手をみて戦法を見事に変えている。
実力に加えて、頭もイイってことだ。
川上弘美の「センセイの鞄」中盤に、「多生」という章がある。
それまでの章では、もちろんテイストの良さは抜群なのだが、
様子見のジャブの連発ってところだった。
それが中盤にあるこの「多生」で、にわかにパンチ力が増してくる風。
ここは通して読んでこないと、その良さが伝わらないので一部抜粋ができない。
センセイと元教え子の会話の中に、「多生」のエピソードが前振りされて、
内田百閒のエピソードがさらりと加わり、前世話が入り込んでくる。
そして、さりげない風景描写と共に、
センセイと元教え子との恋情が生まれかかってくる予兆という運び。
その間の文章運びも、簡潔で、まるで無駄がない。
削って削って簡潔な文章になると、それは冷徹なハードボイルドの雰囲気が出るというが、
川上弘美の「センセイの鞄」は、それをほんわかとした優しいテイストでもって表現してる。
さらに、文章にリズムがあると感じる。
こういう風にも書けるのかと、大きな学びになった。
「削って、削って」と北方謙三の言っていたホントウの意味が、
少し見えてきたようで、その喜びを今、オイラは噛みしめている次第。
型と組み手、理論と実践。
やっぱり、小説千本ノックを続けていこう。
嗚呼早く、浅田次郎のような右フックが欲しいな。
PS:「多生の縁」って、「多少の縁」と思っていたのは、オイラだけか?
多生というのは、生き物は何回でも生まれ変わってくるという仏教用語だそう。
じゃぁ「1Q84」の縁で、村上春樹の左フックも欲しいんだけど~w